第45項!小説、私はもっと目立つことがしたい、多くの人に受け入れられ感謝される、人々にとって無くてはならない空気のような存在に -R86plusA-

今日の仕事は集めた資料を使って、我が社のwebサイトに新しい情報を更新する」という指示だ。ナダは手際よく資料を読み終えると資料の大事な部分に線を引き、それを要約して、自分の文章に落とし込み、その文章をスイスイとサイトにアップしていく。

新しく追加された内容は、広告収入という弊社(我が社)にとってもお世話になっている収益源を他社は「商品の値引き」に使うため、以前ほどは広告に出費できないということだ。その旨をステークホルダーと呼ばれる弊社の関係者たちに報告する目的が今回のwebサイト更新だった。

もちろんwebサイトの更新だけでなく、電子メールやお得意様には対面での説明を心がけ、広告収入の低迷期へと進みそうな気配をステークホルダーである株主や従業員、政府、地域社会に提示したということだ。僕は、広告収入の歴史を調べてみると、面白いかなとは思うが、その本一冊分の機会費用、つまり本を読むより他に大事なことがあるので、その時間を捻出できないでいる。

 ナダは言う。「私はもっと目立つことがしたい。多くの人に受け入れられ感謝される。人々にとって無くてはならない空気のような存在に」。僕は一呼吸おいてナダに諭してみる。

「誰であれ、いつも表舞台に立ち続けることはとても難しいことだ。僕は君のような美しく可憐な女性であるから余計にそう思う。表舞台に経ち続けるには全てを投げ出して努力し続けなければならない」。

ナダはそんなことは分かっているというように気を損ね、次の仕事へと取り掛かるようだ。僕はもう少し話を続ける。「斎藤は今の仕事を終えて何を感じたのかな。良ければご意見を聞かせてもらいたい」。ナダはゆっくりと視線を僕の目に合うようにして言う。

「広告収入とは無から有を生み出す虚業だという人もいますが、本当に広告によって売上が変動するのであれば有効な武器となります。しかし、広告効果もさることながら効率的なビジネスとしては弱いと思います。なぜかというと、現在の主流であるサブス・・・」。

 と、そこで、田中が乱入してきた。「ちわーす。黒川さんと斎藤さんはもう出社ですか。早く出社したのなら僕の分のタイムカードもチェック入れといてくださいよ。なんちゃって」

田中はお調子者だが、頭は切れる。わざと間抜けなキャラを装って、その賢いところを隠しているフシがある。タカは爪を隠すということか。そこで僕は少し田中を試してみたい気がした。

「サブスクリプションに代わる新しいビジネスモデルはどのようなものか考えてみたことはあるかい」僕はさらりと言う。田中は突然の質問に少し動揺を見せつつも意外な真面目さで意見を述べる。

「サブスクリプションはお客様が長期的にコンテンツを利用する時に行われる契約だと思うけど、広告収入もサブスクリプションも現物つまり実体がないということ、時間軸つまり契約し続ける理由について深掘りするところから始めたら面白いと思うけど。サブスクリプションを超える収益方法は今の僕にはまだ思いつかないな。ちゃんちゃん」

田中が言った通り、収益源として、あるいは契約期間として、時間の間隔について考えることは有益な時間であるように思われる。 

 今回、僕の仕事の目的は飛躍的に収益を伸ばす方法を考えることだ。弊社は昔はどこにでもある小さな商社だった。1990年代半ばあたりからコンピュータやネットワークが実用化されだし、弊社もその流れを受けて、ITの導入を積極的に展開した。

ITの導入は電話一台で個人商社が務まるという特殊な商社の事情から早い段階で生産性の増加をもたらした。弊社はいわゆるBtoBつまり企業と企業の取引と言える。それをBtoCつまり企業と個人客の取引へと経営のかじを切り、ネットスーパー事業を新たに立ち上げた。

そのネットスーパー企業はもちろんお客様が店まで買いに来るのではないため、物流網といった、配送ドライバーが弊社商品を倉庫からお客様まで届けるための方法が必要となる。2020年代前半の最近は多くの作業が自動化され、同じルーチンを繰り返すだけで顧客がいれば、お金が入ってくる。

僕は、この事業の中で経済学で言われるような利己心という言わば自己中心的な状態が最大の利益を上げるというドグマ(宗教上の教義)が必ずしも正しいのではない場面に何度も遭遇した。

 「黒川さん、何考えているんですか」そこで、頭を上げると、ナダがコーヒーを手渡してきた。「うーん。スランプではないけど、なかなか良いアイデアが思いつかなくて」

そこでナダはヒントが有るような思わせぶりの表情をする。「何か良いアイデアを見つけたのか」僕は座っている椅子から身を乗り出す。ナダは説明するように話し出す。

 「例えばですよ。ロングテールって知ってますよね。20%の商品が80%の売上を上げるという理論ですよ」「働き蜂の法則ともいうね」僕は話を促す。「その売れている20%の商品を80%に拡大できれば売上は軽く3倍を超えるのではないかと考えてみたのです」。ナダは賢い。たまに天才的な発想を見せることがある。

 僕はそのアイデアの問題点をあぶり出してみる。「どうしたら60%を占める普通の働きアリを20%の優秀な働きアリにできるんだい」ナダは指摘を受け、次の言葉を探す。「そこが問題なんですよね。そこだけがネックになっているんですよ。どうでしょう、黒川さんの意見は」

僕は、そのとき脳の中で光る何かが引っ張られるようなものを感じた。「そうだ。グループに分けて優秀な社員とそうでない社員に教え合う環境を作ればいいんだ」

 そこに田中がコーヒーカップを手に戻ってきた。

 「黒川さん。僕、思ったんですけど、サブスクリプションよりは物販のほうが効率的に収益を上げられるのではないかと思います。物販はサブスクリプションと違って現物がありますし、消耗品なら何度もリピート客が買ってくれます。」なるほどと僕は思う。

至って王道の考え方だ。田中はさらに言う。「結局、売れる金額というのは、いかに消費者の注意を惹きつけたかということです。悪名は無名になんちゃららというやつです」田中は満足げに言い終えるとふいに僕の耳元に近づいてささやく。

「黒川さん。僕、近いうちに起業してみようと思うんです。最初の資本金としていくらか出しては貰えないですか。株式も少し多めに分け与えますから」。そういうと田中はコーヒーを飲み干し、颯爽と廊下の方へと去っていった。

 ここで、僕は2つほど気になることが出てきた。優秀な社員は自分のスキルを好き好んで自分より評価の良くない部下に教えたりするか。あるいは、先の田中の話から結局、収益というのはお客様への貢献度から来ており、お客様の評価が長く続く限りサブスクリプションも続くのだということだ。

そこで、僕はまたひらめいた。「優秀な社員が優秀でない社員を教えるだけでなく、優秀な社員同士も教え合う環境があればいいのではないか」ということだ。さっそく人事に電話を入れる。

「もしもし黒川だけど新垣はいるかい」。新垣は人事部の課長を務めており、周りの皆から一目置かれる存在だ。仕事がバリバリにできる訳では無いが、弊社の関係者の中では好感度が一番高いうちの一人ではないかと僕は考えている。

 「あ、第一営業部の黒川部長ですか。今回はどのような話でしょうか」僕は新垣とは社内恋愛をしたことがあるが、わずか10日で振られてしまったという残念な過去がある。付き合って10日目に僕は彼女の実家に遊びに行った。付き合ったばかりなのにいきなり相手の両親と合うという壁が僕の前に立ちふさがった。

彼女の実家に行き、最初のうちは新垣の父親も母親も僕を好いてくれているようだった。ただ、僕はお酒が飲めないのに無理に勧めてくる新垣の父親につい、「僕はお酒が飲めませんし飲みません」と大声を上げてしまった。その後はご期待通りお通や状態で帰りに新垣からやんわり交際を拒否する旨を告げられた。

「良いアイデアを思いついたんだ。うちの会社には優秀な社員がいるよね。彼らと業績のよくない社員をペアで組ませることで優秀な社員に引っ張ってもらう仕組みがあったらいいと思ったんだ。優秀な社員は自分のスキルをそれ以外の社員に教えることで優秀な社員を増やせるのではないかと考えたんだ。」

そこで新垣は鋭い指摘をする。「もし、そのペアで組ませることができるとして優秀な社員は足を引っ張られた気がするのではないですか。その優秀な社員の業績が悪化したらどのように責任を取られます。」確かに、新垣の指摘は正しい。結局、優秀な社員のお荷物になるかもしれない人材を組ませるのだ。その影響は想像以上だ。

「そこなんだけど、優秀な社員を中心としたグループを作るのはどうだろうかと思うんだ。5,6人位のグループだ。部長や課長のようなヒエラルキーの団体であるという意味ではなく、情報やスキルを共有し合うフラットなグループを想定している。

優秀な社員も自分ほど仕事ができない同僚に教えるというスキルによって将来のマネジメントスキルが身につくのではないかと思う。」新垣は僕の熱意を尊重して「上司にも伝えておきます」と一言言って電話を切った。

 部長は数人の課長を部下に持つ。課長が現場のトップなのに対して部長はその課長たちに権限を与える。思いつくことがあれば、課長を通して現場に指示を出せるので、大きな権限を持っていると言える。そこにナダが書類を抱えてやってきた。

複数の子会社を持つ親会社である本社は、最低限の人数で本社の事業と子会社の管理が行われている。新しい事業に参入したいとき一番良くないのは自前で1から作ることだ。自前で作れば、その事業に精通しており、応用力も利き、メリットも大きい。

しかし、莫大な費用を負担しなければならないし、失敗したときの損失も大きい。何よりその事業に対するノウハウがない。

  そこで、我が社では、事業を営むとき必ず関連する企業を買収するところから新規事業が始まる。企業を買収すれば製造業であれば、作りたい商品に近い工場もついてくるだろうし、なによりその買収した事業のノウハウをそのまま得ることができる。

また、買収した企業は株式の価値もあるので、事業を投げ売りたいときは株式を売ればいいのだ。もちろん自前であれ買収であれ、本業とのシナジー効果つまり調和力が求められる。

 そこでナダが来た。ナダはいつも面白いアイデアを持っている。ナダは言う。「一応、うちの会社もwebメディアということで広告収入の恩恵を受けてきたわけですが、月額料金であるサブスクリプションなどの強化が喫緊の課題だと思います。サブスクリプションによって安定した収益を得ることでうちの企業も安定した業績の企業になれるのです。」

僕は黙って聞いていたが、つい口を挟んでしまった。「さっき田中も言っていたようにサブスクリプションの契約をお客様に継続してもらうにはそれに値する満足をお客様に長期に渡って与え続けなければならない。それは大変な労力だ。ここで、広告収入でもサブスクリプションでもない、我らが商品の情報の革新的な売り方について考えてみようではないか」

ナダはいぶかるように僕を見る。「広告収入でもないサブスクリプションでもない・・・」ナダは呪文のように呟いて自分の世界に入り込んでしまいそうな気配がある。「情報は簡単にコピーできてしまう。情報をコピーされたらその情報の希少価値は無くなってしまう。それではどうやってコピーされていない情報を売るか。」

僕は続ける。「仮に、その情報が安く商品を買う方法だったとして対象の商品について我々が独占販売権を持っていれば、我々経由でしか商品を購入できないので、その情報はコピーされて広まれば広まるほど我々にとって有利な状況になる。

つまり、情報という形のないものと商品という形のあるものを同時に組み合わせることができれば、情報はコピーされてもその価値をどんどん高めてくれる」ハッとナダは我に返ったように僕を見直した。「うまい具合にビジネスをシステムの形でまとめれば、決まった穴にボールは入っていく」僕はウンウンと自分で頷いてしまった。

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